
70年代にアイドルグループ「キャンディーズ」で一世を風靡し、
GOLDEN☆BEST キャンディーズ![]()
その後は女優として活躍していた田中好子(本名・小達好子)さんが21日午後7時4分、乳がんのため東京都港区の病院で55歳で亡くなった。
会見した夫で実業家の小達一雄さんによると、92年に乳がんが見つかり、一時は回復したが、今年2月に多臓器に転移したと明かした。
同グループは78年4月に突如解散され、その後、一度も再結成されていないが、メンバー3人は解散後、それぞれの道を進んでいた。
スーちゃんこと田中さんは解散後、ソロとして歌手活動を行った時期もあったが、女優に転身。
日本テレビ系ドラマ「家なき子」で演じた安達祐実演じる主人公の母親役など、優しい母親役を演じることが多かった。
家なき子![]()
映画「黒い雨」ではヌードシーンを披露する体当たりの演技で話題を呼んだ。
黒い雨![]()
プライベートでは91年に故夏目雅子さんの実兄である小達さんと結婚していた。
ランちゃんこと伊藤蘭も田中同様女優に転身し、母親役を演じることが多く、このところナレーションの仕事も多い。
89年に俳優の水谷豊と結婚し、90年に先ごろ女優デビューした長女の趣里を出産。
テレビ朝日の人気刑事ドラマで映画化された「相棒」シリーズで水谷がブレイクしたが、「夫の露出が増えるにつれ、仕事を控え、極力自分は目立たないように配慮している。水谷は結婚前にあこがれていた伊藤のことをいまだに『ランさん』と呼んでいる」(女性誌記者)
ミキちゃんこと藤村美樹は解散後、芸能活動を休止していたが、83年に復帰。
期間限定で歌手活動をしていたが、実業家の男性と結婚し、その後、一切メディアやマスコミに露出せず、「当時の関係者を通じていくらオファーしても番組出演も取材もNG」(芸能記者)
一部スポーツ紙によると、解散後も3人は定期的に会っており、ほかの2人が入院中の田中さんを見舞ったのが最後の別れとなったという。
伊藤は田中さんの悲報を聞いて大きなショックを受け憔悴しきっており、とてもコメントできる状態にないという。
ついに恐れていた事態が起きてしまった。
あの国民的人気グループ『AKB48』の「盗撮映像」を名乗るDVDが裏流通していることが明らかになったのだ。
歌手のhitomiが、4月27日に発売予定のアルバム『SPIRIT』を、所属するエイベックス(現・エイベックス・マーケティング株式会社)からではなく、インディーズレーベルへ移籍し発表することで話題となっている。
hitomi
本人も13日に、ブログで「移籍☆」というタイトルの日記をアップしており「何か変わるかもしれないし、変わらないかもしれない!?」など意味深な記載が見られる。
エイベックス側からも移籍の詳細は一切明かされておらず、「ファンの皆様には、後日改めてきちんと全てをお伝えできるはずです」とのコメントのみ。アルバム発売までには、何らかの発表が行われるようだ。
14日現在、エイベックスのホームページには所属タレントとしてhitomiの名が並んでおり、さまざまな憶測を呼んでいる。
アルバム『SPIRIT』の発売元は「maximum10」となっており、ここが移籍先のレーベルと見られる。
またエイベックスのホームページには全く同じ名前の「maximum10」という名前がロゴ付きで、所属アーティストとして並んでいる。
Facebookにも「maximum10」のページがあるが、そこには「レコード会社」という記載がある。
hitomiもブログの最新記事では「実はね、インディーズに移籍しつつも、エイベックスから離れたとゆうことではないヨ!」と微妙な言い回しをしており、レーベル自体がエイベックスと近しい関係であることはほぼ間違いがないだろう。
日記によれば、新アルバムでは音色がかなり変わり、どうしたらいいか悩んだ結論として売り場を変えただけであり「a-nationにも出るだろうし 変わらないとこは なんら変わらないんだ」という状況のようだ。
hitomiは雑誌「Fine」(日之出出版)のモデルとして活動後、1994年11月に、小室哲哉プロデュースのシングル「Let's Play Winter」で歌手としてデビュー。
1996年9月に発売されたセカンドアルバム『by myself』はオリコン週間アルバムランキング1位を獲得し、80万枚を超える大ヒットとなった。
その後発売されたアルバムのうち『h』、『huma-rhythm』、『SELF PORTRAIT』はオリコン週間最高順位1位を獲得し、50万枚を超えるヒットとなった。
中でも2000年に発売されたシングル「LOVE 2000」は、当時開催されたシドニー五輪女子マラソンで優勝した"Qちゃん"こと高橋尚子が、練習中とレースの前にこの曲を聴いていたことを明かして話題に。オリコン登場週も26週と、ロングヒット作品となった。
このように1990年代後半から、2000年代初頭にかけてのhitomiの活躍はすさまじく、エイベックスの急成長を支えた歌手の一人だったことは間違いない。
であれば、この唐突な移籍劇をどう見るか。2008年に俳優の羽田昌義と再婚し、出産を経てからは、楽曲にも母親目線が投影されるようになった。
羽田昌義
2月に発売された34枚目のシングルはズバリ「生まれてくれてありがとう」。
4月にはhitomiディレクションのベビーウェアブランド「PomiPomi」の販売も始まった。
商品はhitomiの描いたイラストがプリントされたチュニックや、"LOVE"のアップリケ付きロンパースなど。
これまでの活動やモデルというキャリアを考えると、無難にまとめた万人受けするデザインだ。
アーティスト色が薄れ、完全にママドルにシフトチェンジした感は否めない。
2009年に発売されたアルバム『LOVE LIFE 2』もオリコン週間最高順位27位どまりと、セールス的に以前のような勢いはない。エイベックスとしてはかつての看板アーティストへの義理もあり、このような落ち着き方をしたのではと読むこともできる。
3月には、エイベックスの音楽部門が前期比100億円以上の減収となったことが報じられた。
浜崎あゆみの売り上げ減少、ICONIQやGIRL NEXT DOORなど会社を挙げて売り出そうとした新人がパッとしなかったことも一因だとされており、新たな収益源となるビッグアーティストが登場しなければ、ますますシビアな状況になることは確実だ。
そのような焦りの中で、今回のhitomiのようにかつて一時代を築いた歌手たちを手放す現象が、これからも起こるかもしれない。